太田述正コラム#11406(2020.7.12)
<映画評論65:英国総督 最後の家(その1)>(2020.10.3公開)

1 始めに

 『英国総督 最後の家(Viceroy’s House)』は、「グリンダ・チャーダが監督を務め、彼女とポール・マエダ・バージェス、モイラ・バフィーニが脚本を担当し」、BBCフィルムズを含む3社が制作会社となったところの、2017年の英映画です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E5%9B%BD%E7%B7%8F%E7%9D%A3_%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E5%AE%B6 
 グリンダ・チャーダ(Gurinder Chadha。1960年~)は、インド人移民の家庭に英領ケニアで生まれ、家族と共に2歳の時にロンドンに移住し、イースト・アングリア大卒で、ロンドン出版単科大学でも学び、BBCに報道レポーターとして入社し、その後、BBCや4チャンネルのためのドキュメンタリー作品を手掛け、更にはTVドラマや映画の制作にも携わり、現在に至っている、無宗教、という人物です。
https://en.wikipedia.org/wiki/Gurinder_Chadha
 なお、彼女の祖母は現在パキスタンになっている地域から、分割の際、インド側へ逃げ、その後女の赤ちゃんを餓死させている、という経験をしており、その旨が、この映画のエンドロールに出てきます。
https://www.nytimes.com/2017/08/31/movies/viceroys-house-review.html
 ということは、彼女はヒンドゥー教徒かシーク教徒の家に生まれたことになります。
 また、ポール・マエダ・バージェス(Paul Mayeda Berges。1968年~)は、カリフォルニア大サンタクルス校卒で、グリンダ・チャーダの夫で、日本人とバスク人のハーフの米国人であり、彼女との間にロナク(Ronak。男)とクミコ(Kumiko。女)の双子がいる、という人物です。
https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Mayeda_Berges

2 評論

 私がこの映画を観終わった直後の取敢えずの感想は、
一、アトリー政権の英国がインド亜大陸を慌てて手放す決断を下した原因が先の大戦における英国の疲弊とだけ言及されていて、それだけだと経済的疲弊としか受け取られず、亜大陸原住民達の独立意識の急速な高まりの背景にあったところの、日本による英領及び蘭領植民地の占領や日本軍とインド国民軍のインパール作戦の影響が完全に無視されているな、と、
二、インド亜大陸の分割は、戦後の対ソ戦略を睨み、港町のカラチをイスラム教徒を使嗾して同教徒による政権を樹立することでもって確保し続けることを狙って、ドイツや日本の降伏前の1945年にチャーチル(内閣)が密かに決定していた、という聞いたことがない話が出て来たな、
というものでした。
 そこで、少し調べてみたのですが、監督の夫で脚本の共同執筆者である人物が、日系で、しかも、子供の一人に日本人の名前をつけているにもかかわらず、一、は(最大の「責任」は戦後日本の識者達の体たらくにあると言えそうなものの、)何なのだ、と残念な思いが一層募りました。
 また、二、の話は、フェイクと言っても良い程の、根拠レスの絶対少数説であること
https://www.theguardian.com/commentisfree/2017/mar/18/the-viceroys-house-version-of-indias-partition-brings-fake-history-to-screen
を知り、そんな話を盛り込んだ映画の制作会社3社のうちの1社がBBCの子会社であることに、(BBCは国営企業であるところ、それにもかかわらず英国批判的含意のある話を気にしない点には敬意を表したいけれど、その話の中身が中身だけに、)何たる手抜きか、と呆れました。
 BBCの劣化・・監督はBBC出身者でもあります・・は、英国の劣化の表れでもある、と言うべきでしょうが、それでも、この映画の、ガーディアンに載った諸映画評、
https://www.theguardian.com/film/2017/mar/03/fatima-bhutto-viceroys-house-watched-servile-pantomime-and-wept A
https://www.theguardian.com/film/filmblog/2017/mar/03/gurinder-chadha-defends-viceroys-house-film-fatima-bhutto B
https://www.theguardian.com/commentisfree/2017/mar/18/the-viceroys-house-version-of-indias-partition-brings-fake-history-to-screen C
インドの代表的英字紙に載った諸映画評、
https://timesofindia.indiatimes.com/entertainment/hindi/movie-reviews/partition-1947/movie-review/60090613.cms
https://indianexpress.com/article/entertainment/bollywood/gurinder-chadha-on-partition-1947-jawaharlal-nehru-lady-mountbatten-in-film-4735142/
https://www.hindustantimes.com/movie-reviews/partition-1947-movie-review-if-it-wasn-t-lord-mountbatten-then-who-divided-india/story-Cy0SIiXO2nDnEk4iuvdr0J.html
更に、米国のNYタイムスとワシントンポストに載った各映画評、
https://www.nytimes.com/2017/08/31/movies/viceroys-house-review.html
https://www.washingtonpost.com/goingoutguide/movies/viceroys-house-an-educational-if-melodramatic-refresher-course-on-the-partition-of-india/2017/09/07/a7213d68-9239-11e7-aace-04b862b2b3f3_story.html
を読んだ限りでは、米国の映画評論家達による各映画評の平板さは、インドの映画評論家達による諸映画評の平板さといい勝負であることからして、米国の知的水準の劣化は覆い難いものがある、と感じました。

(続く)