太田述正コラム#1423(2006.9.27)
<安倍晋三について(その3)>

 (本篇は、コラム#1417の続きです。)

4 政策

 私のコラムを昔から読んでおられない方には、なじみのない言葉で恐縮ですが、私は、昨9月26日に成立した安倍内閣が、日本が縄文モードから弥生モード(比較的最近のものとしては、コラム#1057参照)への大転換期にある現在、第9条に係る憲法解釈変更ないし憲法改正にどう取り組むのか、日本の経済システムのグローバル・スタンダード(=米国)化に係る理念の構築(及びそれと裏腹の関係にあるグローバル・スタンダード化の限界の設定)を試みるのかどうか、に大きな関心を持っています(注7)。

 (注7)新内閣の経済閣僚の布陣が、財政再建派を一掃した経済高度成長派一色である(
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/shimizu2/index.html。9月27日アクセス)などといったことには、さほど関心はない。

 安倍は、首相就任後初の記者会見で、前者について、「日米同盟では(双務性を高めることが)きわめて重要。(集団的自衛権の)研究をしっかり進め、結論を出してゆきたい」として、憲法解釈の変更に積極的に取り組む考えを強調するとともに、憲法改正についても「政治スケジュールに載せるべくリーダーシップを発揮する」と強調しましたが、後者については、「小泉内閣で進めた構造改革(=経済のグローバルスタンダード化(太田))はむしろ加速し補強する」と述べるとどめました(
http://www.sankei.co.jp/news/060927/sei001.htm
。9月27日アクセス)。
 後者については、官僚の最高ポストである事務の官房副長官に、初めて旧内務省系の現役官僚に代わって、旧大蔵省系の「民間人」である的場順三を据えたことから見ても、小泉内閣同様、(日本の最大の権益擁護団体たる官僚機構の代表格である)旧大蔵省による米国及び官僚機構のための理念なき「改革」(コラム#1285、1287、1299、1300)を続けていくだけではないかという懸念を持ちました。
 他方、前者については、安倍の思い入れたっぷりの発言から、大いに期待できると言いたいところですが、これも私は眉につばを付けざるをえません。
 自民党内に依然として憲法解釈変更ないし憲法改正に消極的な勢力が巣くっており、また、連立相手の公明党が憲法解釈変更ないし憲法改正に反対しているからです。
 具体的に見てみましょう。
 自民党丹羽・古賀派代表の古賀誠元幹事長は9月21日の同派総会で、「安倍政権を支えていく」と前置きした上で、同派共同代表の丹羽雄哉・元厚相・現自民党総務会長の意向に逆らい、「我々の理念と哲学という意味では(安倍氏と)溝がある。外交や安全保障の問題で抑止力になり、抑止すべきは抑止する役割を担わなければならない」と訴えました(
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060921ia23.htm
。9月22日アクセス)し、麻生太郎外相(留任)は、安倍首相と全く同じ外交・安保観を持っているからこそ、引き続き外相職に留任したはずですが、その麻生は自民党「ハト」派の代表格の河野洋平現衆院議長の派閥に属しており、河野の議長就任に伴い空席となっているこの派閥の会長に就任することを河野は麻生に9月22日に要請し、麻生も前向きの返事をしています(
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006092301000005.html
。9月23日アクセス)。
 このように、自民党は、外交・安保観ないし憲法観、つまりは国家観が180度異なる人々が、権力の維持を至上命題として、党内・派閥内で同居し、協力し合っているというという点で旧態依然であり、全く「ぶっこわれて」などいないことが分かります。
また、自民、公明両党が「安倍政権」で取り組む重点政策課題を記した合意文書には、案の定、公明党の立場に配慮して、憲法改正や、集団的自衛権に関する記述は出てきませんでした(http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060922i401.htm?from=main4
。9月22日アクセス)し、公明党から入閣した冬柴国交相は、就任時の記者会見でさっそく、集団的自衛権行使をめぐる政府解釈の変更について「我が国に対する急迫不正の侵害がない限り武力行使はできないという解釈が一貫しており、それはできない」と明言し、見直しについては「個別的自衛権の範畴に入る部分<に限る>」と条件をつけました(
http://www.asahi.com/politics/update/0927/004.html
。9月27日アクセス)。
 安倍首相といえども、次回の参議院選挙で自民・公明両党で過半数以上を確保することを至上命題としている以上、この公明党との連立を当面解消する気がないことは明らかです。ということは、この連立は、少なくとも将来、自民党が衆院のみならず、参院でも単独過半数を回復するまでは続くということです。
 結局のところ、安倍首相が本当に憲法解釈変更、そして憲法改正をやりたいのならば、公明党との連立を解消し、自民党内の「ハト」派を、郵政民営化反対派を切り捨てたように党外に追放するとともに民主党の一部を取り込んで政界の再編をなしとげない限り不可能であり、それを行う気概と工程表を阿部首相が持ち合わせているようには思えません。
 そうだとすると、この問題は、戦後一貫してそうであったように、一歩も前には進まないことでしょう。
 一体日本が吉田ドクトリンの呪縛から自らを解放し、米国から「独立」する日はやってくるのでしょうか。

5 終わりに代えて

 ガーディアンブログで、安倍首相論が戦わされています。
 たたき台となった論考のできが余りにも悪いので、かつて靖国神社問題で参戦した(コラム#915、918??923)ように、今回も参戦を考えたのですが、その後のブロッガー達のやりとりを見て、必ずしもその必要はないという結論に達しました。
 関心あるむきは、http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,1881737,00.htmlをご覧あれ。

(完)