太田述正コラム#1783(2007.5.27)
<英国・日本・捕鯨(続)>
1 始めに
 捕鯨問題に関する前回のコラムに対し、ある読者から批判が掲示板上に寄せられました。そこで、回答することにしました。
 このやりとりは、事柄の性格上、ただちに公開します。
<ある読者>
>日本政府や日本の漁業者達は、米国にだまされたと怒り狂った。
は見当違いというものです。
 なぜならアメリカは、日本がモラトリアムに対する異議申し立てを撤回しようがしまいがそれとは関係なく自国漁業者保護のため「アメリカ200海里内における外国船に対する漁獲割り当てを段階的に減らして行く」という方針を取っていたからです。
 少なくとも日本政府はそのことを知っていたわけでして。
 にもかかわらず「だまされた」と言って国民を煽るのはどうかと思いますね。
 このあたりのことは下記国会答弁における佐竹五六氏の発言からうかがい知ることができます。
  ↓
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/109/1230/10907301230002c.htm
<太田>
 引用された国会答弁以外の典拠をお持ちであれば、お示しいただきたいが、この国会答弁を読む限り、BBCの記事はおおむね的確である、と判断せざるをえません。
 なお、一般論として申し上げますが、国会答弁を読む場合は、通常の文献資料を読む場合以上に、行間を読むことに心がけなければなりません。
 政治家であってもそうですが、佐竹五六氏(当時水産庁長官)のような役人であれば、一層、political correctness に配意した発言を行うものだからです。
 前置きはこれくらいにして、佐竹氏がどんなことを言っているか、本当はどんなことを言いたかったかを検証してみましょう。
 
 佐竹氏の答弁:
 アメリカの200海里内の漁獲割り当ての根拠になるマグナソン法という法律がございますが、これは簡単に申し上げますと、まず資源的に見て許容漁獲量を決める、それからアメリカの国内漁業者のとる量をまず引く、残ったものを諸外国に割り当てると、こういう仕組みになっているわけでございます。ここ1、2年急速にアメリカの漁業者の漁獲能力が増大してきているわけでございまして、そのことが外国に対する割り当て量を極度に圧縮しているわけでございます。
 ・・これは日本だけが減らされているわけではないわけでございまして、韓国それからその他アメリカ200海里内に入漁しているすべての国が全部減らされているわけでございます。それは先ほど申し上げましたように、そもそも外国に割り当てる量そのものが減ってきているわけ でございますから当然のことでございまして、その中では私どもとしてはシェアは当時と同じだけ、大体7割から8割のものは確保しているわけでございます。
 ・・<要するに>、鯨の問題に関係なくアメリカは自国漁業者の割り当て量をふやし、諸外国に対する割り当て量を減らす、こういうことをやっているわけでございまして、これは鯨の問題とは直接には関係のない問題だというふうに理解すべきだろうと思うわけでございます。
→マグナソン法に関するタテマエ論を展開することで米国に配慮している・(太田)
 ・・<他方、>パックウッド・マグナソン<修正>法<(PM法)>は、・・一言で言えば、IWCの決議の効果を減殺するようなそういう行為をした国に対しては、米国200海里内の漁獲割り当て量を直ちに半減する、1年目に直ちに半減する、それから1年たってゼロにする、こういうことでございます。
 ・・<日本が調査捕鯨を開始しようとしていることに対し、>今IWCの会議に提案されました・・アメリカ<の>提案がなぜ出されたかということでございますけれども、これは専らアメリカの国内法である<このPM法>の発動を容易にするためというふうに理解することが正しいというふうに私ども判断しております。
→PM法については、タテマエ論を展開して米国に配慮する余地がないので、本当のことを言っている。(太田)
 
 ・・日本側といたしましては、<これまで、>IWCの<捕鯨>モラトリアムの決定に対する異議申し立てを撤回し、その反面として<米国によるPM法>の発動を抑え<てき>た・・わけでございま<すが、>・・私どもも国際条約で認められた権利を行使することに対して、国内法制を使って条約上認められた権利の行使を妨げようとする<アメリカの>やり方については、これは大変不当な措置ではないかということについて常に事あるごとにアメリカに対して強く抗議は申し入れております。
 しかしながら、現実にこれが有効に機能をしているわけでございま<す。>
→ここでは、マグナソン法とPM法を一括りにした上で、米国が、この2法を使って、日本に捕鯨を止めさせる目的をももって、米国の経済水域内の日本の漁獲割り当てを劇的に減らしてきたこと、日本が漁獲割り当てをゼロにされるようなことのないようにするために捕鯨モラトリアムの決定に対する異議申し立て(適用除外の宣言)の撤回に追い込まれたこと、をほのめかすとともに、そのような米国のやり口に対し、率直に憤りを表明している。(太田)
 私どもとしてはもちろん訴訟で争うというような方法が全くないわけではございませんけれども、対抗する手段を持たないわけでございます。また、200海里内の漁業資源をどのように使うかはまさに沿岸国の権利であるという国際慣習も確立されているわけでございまして、大変私どもとしてはアメリカのやり方は不当ではあると思いますけれども、有効な対抗手段を持たないわけでございます。一方、・・中に<はアメリカの200海里内の漁業に>ほとんど100%・・依存している漁業者もいるわけでございまして、それらの漁業者のこともまた考えなければならないということも御理解いただけるのではないかと思います。
 それから、さらに申し上げますと、もう一つアメリカとの関係ではジョイントベンチャーという方式での我が国の加工母船がアメリカ200海里内で操業してい るわけでございます。これは御承知のようにアメリカの漁船から魚を洋上で買い付けてそれを加工する、・・これの根拠になっております日米漁業協定がことし<(1987年)>の12月で失効するわけでございます。・・これは<協定>延長交渉に今入っているわけでございますが、この延長・・はアメリカの上下院の承認が必要になるわけでございまして、そのことに対してどのように影響するかというようなこともまたこの問題を判断する際の一つの材料であるわけでございます。
→米国の経済水域内での日本の漁業を維持したいという思惑から、捕鯨問題で強く出られない日本の苦衷を、おおむね率直に吐露している。(太田)
 <さて、>我が国が捕獲調査を実施いたしました場合には、さまざまな経過から判断いたしましてPM法が発動される公算は極めて大きいわけでございます。そのような事態を招きますことは、日米両国にとって漁業関係はもとより日米関係全般にとって大変不幸なことでございます。したがいまして、私どもといたしましては、当然の条約上の権利の行使でございますけれども、なおその調査の実施の手順あるいは方法について検討を加え、国際的な支持を我が国の捕獲調査の実施について得るようにし、一方アメリカに対しても一定の自制を求めてまいる所存でございまして、鯨か200海里内の漁獲かと 単一に割り切るのではなくて、何とか両方生かす道はないか、・・かように考えているわけでございます。
→米国の経済水域内での日本の漁獲割り当てがゼロにならなければ、調査捕鯨は開始しないこともありうること、そして漁獲割り当てがゼロになれば調査捕鯨を開始すること、をほのめかしている。(太田)
・・<いずれにせよ、商業捕鯨>の存続を図るために調査をやるということは、絶対にこれはIWCでは通らないわけでございまして、もしそういうふうな印象を与えるとすれば、かえって疑似商業捕鯨であるという非難を招くわけでございますので、科学者の意見もよく聞きましてその客観的必要性があるかどうかということについて精査していきたいと思います。
→開始しようとしている調査捕鯨の実態が商業捕鯨であることを暗に認めている。(太田)
 先ほど来・・カナダの学者の・・北米における文化価値を他の社会に押しつけることは間違っている<とする>・・論文を引用されて先生御指摘ございまして、まことに私どもも全く同じ考え方でございますが、そのような非常に不当な見解を主張する国とも我々は漁業の面においてもさまざまな関係をしていかなければならないわけでございまして、粘り強くそれを是正する、させるということで、お互いに対話を断つというような道は選ぶべきではないのではないか、かように考えております。
→米国に対する根本的不信感を率直に表明している。(太田)
 以上、見てきたように、佐竹氏の答弁は、役人の答弁としてはめずらしく、「行間を読む」必要がほとんどないくらい率直な答弁ですが、その答弁から、
>アメリカは、日本がモラトリアムに対する異議申し立てを撤回しようがしまいがそれとは関係なく自国漁業者保護のため「アメリカ200海里内における外国船に対する漁獲割り当てを段階的に減らして行く」という方針を取って<おり、>少なくとも日本政府はそのことを知っていた
という投稿子の主張を読み取ることは到底できません。
 いずれにせよ、米国の経済水域内での日本の漁獲割り当てがゼロとなったことを受けて、佐竹氏の「警告」通り、低次元で申し上げれば、米国の経済水域で失った魚を捕鯨の再開で取り戻すため、高次元で申し上げれば、米国の背信行為に対する異議申し立てのため、日本は捕鯨を再開(調査捕鯨を開始)して現在に至っているわけです。
 よって、
><太田さんが>「だまされた」と言って国民を煽るのはどうかと思いますね
 というご指摘はあたりません。
 それはともかく、BBCが、捕鯨問題で日本は米国にだまされたのだと示唆することで、英国民、ひいてはアングロサクソンの人々を煽っていることは確かです。
 捕鯨禁止を叫ぶアングロサクソン陣営が内部分裂を始めたこと、そしてそれを英国のBBCが始めたことが面白いと思ったので、BBCの2記事をご紹介させていただいた次第です。