太田述正コラム#13763(2023.10.2)
<皆さんとディスカッション(続x5672)/映画評論89:過去のない男>

<fLYazewI>(「たった一人の反乱(避難所)」より)

 「「核ミサイル撃てる潜水艦」酷使でヘロヘロ状態!? 批判殺到も休ませられない理由とは・・・」
https://news.yahoo.co.jp/articles/0683aab4daf5440d173fea9a5789a896fd652d0d
 「【英国経済】脱炭素で迷走!ガソリン車ゼロを2035 …」
https://m.youtube.com/watch?v=du4ZJvH_too
 英の核戦力は実質、2隻のオンボロ原潜。
 いつ故障してもおかしくない。
 医療崩壊して、マイナス成長。治安は悪化して、少額な窃盗はスルーされる。
 「ここは南米なの?」「アルゼンチン?」

⇒「病人と化したドイツ」
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/09/27/2023092780144.html
ってんだから、日本が先鞭をつけたところの、経済成長やーめた心理が、「先進国」全体を覆ってるってことだろ。
 だから、「「ドイツ病」の発病は、英国病とそっくりだ。過去の成功モデルや成果に酔って革新と変化を遠ざけた。」(上掲)という「分析」はズレてるな。
 ところで、「30年前の時点で、ドイツ・英国・フランスなど欧州5大国の国内総生産(GDP)の合計は米国のGDPを上回っていたが、今では全米50州のうち上位9州のGDPを合わせただけで欧州5大国を追い越す。ドイツの罹病は、米国と共に西欧文明の二つの大きな軸を成していた欧州の寂しい身の上を示す代表的な自画像だ。」(上掲)ってんだが、早晩、米国だって日本や欧州の後を追うだろうし、そもそも、中共やインドの成長率はかなり前から米国よりも高いまま推移してる。
 だから、欧米よさようなら、(日本を除く)アジアよコンニチハ、という現在を我々は生きてるってことなんだよな。(太田)

<TT>

≫釈迦は出家主義者・・植木の言葉を使えば、出家至上主義者、で、かつ、それが釈迦にとっては解脱の核心的方法、だったからだ。
 この出家至上主義に関してだけは、釈迦を起点として、上座部は「伝統的で保守的」、大衆部は「現実的で進歩的」、だったところ、出家至上主義の釈迦にとっての枢要性が植木にも分かっていたので、その意識に引き摺られて、「伝統的で保守的」で上座部そのものを括り、「現実的で進歩的」で大衆部そのものを括ってしまった、というわけだ≪(コラム#13762(未公開)。太田)

 理解できました。
 在家主義に「進歩」させた点を除いて、総合的には(その一部が後に大乗仏教に発展した)大衆部のほうが釈迦の思想に対して「保守的」で「普遍的」だったということですね。
 出家至上主義(個人が解脱する方法としては核心的だが平等主義には反する)の釈迦自体がそもそも「現実的で進歩的」かつ「機会主義的」だったと、植木がはっきり踏み込んで表現しておれば生じなかった言葉の綾だったと。

<太田>

 本件について、コラム#13762で書いたことを、(今回のオフ会「講演」原稿を掲載した)コラム#13759に書き加えて再公開しようかとも考えたのですが、かえって分かりにくくなるのではないか、と、思い直した次第です。
 一般の読者の方々は、コラム#13762の公開を待ってください。
 インド人・・バーラト人?・・を含め、仏教関係者が書いたものを理解するのはいつも一苦労ですが、本件の場合は、釈迦を持ち上げようという植木氏の雑念が、彼の書いたものを分かりにくくしているわけです。
 (諸経典を始めとするところの)仏教関係者が書いたものの分かりにくさは、インド/バーラト人一般由来の不必要な饒舌さに加えて、概ね、雑念があるからかもしれませんね。
 故笠原一男教授のように、叙述(研究)対象が嫌いであれば、雑念がないので、そういうことは起こらないんでしょうが・・。

 安倍問題/防衛費増。↓

 なし。

 ウクライナ問題。↓

 <眠れない夜を過ごしているであろうゼレンスキー。↓>
 ・・・both the United States and Slovakia delivered bad news to Ukraine this week, threatening to upend the amount of humanitarian and military aid Kyiv receives as the war continues.・・・
https://www.newsweek.com/ukraine-bad-news-nato-allies-slovakia-united-states-1831184

 それでは、その他の国内記事の紹介です。↓

 領民を愛護した北条氏政、日本の人々を愛護した徳川家康、世界全体の人々を愛護した豊臣秀吉、といったところか。↓

 「・・・仮に秀吉のもとに抜かりなく上洛を果たしたとしても、北条の現状が保たれることは、難しかっただろう。処遇が悪くなれば、領民を苦しめることになる。
 勝ち目のない戦へと突入するなか、代々語り継がれた理念が、氏政の頭にはよぎったのではないだろうか。
 「義を守りての滅亡と、義を捨てての栄華とは天地格別である」
 最終的に氏政が選んだのは「義を守りての滅亡」の道だった。
秀吉との戦いで滅亡して自害したのは、数多いる戦国武将のなかで、北条氏政、ただ1人である。」
https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%E5%8C%97%E6%9D%A1%E6%B0%8F%E6%94%BF%E3%81%8C%E7%A7%80%E5%90%89%E8%87%A3%E5%BE%93%E3%82%88%E3%82%8A-%E6%BB%85%E4%BA%A1%E3%81%AE%E9%81%93%E3%82%92%E9%81%B8%E3%82%93%E3%81%A0-%E8%83%8C%E6%99%AF-%E3%81%AA%E3%81%9C%E9%A0%91%E3%81%AA%E3%81%AB%E5%BE%93%E3%82%8F%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%82%92%E3%81%B2%E3%82%82%E3%81%A8%E3%81%8F/ar-AA1hvjTQ?ocid=msedgntp&cvid=50767f7ee9794e6a95b329324b3a4a87&ei=22

 日・文カルト問題。↓

 <ご愛顧に感謝。↓>
 「日本の小都市旅行も人気 航空各社が相次ぎ路線再開=韓国・・・」
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/10/01/2023100180035.html
 「日本ビールの輸入量前年比3倍以上に 輸入相手国1位に返り咲き=韓国・・・」
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20231002000300882?section=japan-relationship/index
 <東電のリソースには限界があるってだけだろが。↓>
 「東京電力「処理水ポータル」の韓国語版が「ずさん」 韓国野党議員・・・」
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/10/01/2023100180034.html
 <韓国のほぼ全ては日韓合併から始まったのよ。↓>
 「韓国の近代観光産業が本格化したのは、不幸にも他意によってのことだった。1910年以降、朝鮮総督府は植民地観光開発のため日本人が京城や平壌、釜山などを旅行するように誘導した。産業化で発展しているような都市の様子を見せてやることで、日本帝国主義の正当性をPRしようという狙いだった。韓国学中央研究院人文地理学専攻教授の著者は、当時の紀行文や観光案内書、地図・写真などを分析し、消費者の観点から植民地朝鮮の日本人観光を分析した。
 「旗観光」という別名を持つようになる日本人パッケージツアーの特性が、このときから現れた。現場と一定の距離を保つため、現地の人々と対面する機会が排除された観光だった。「辛くて臭く、油っこい」として朝鮮の料理は好まれず、妓生(キーセン)を見るために料理屋を訪れた。彼らが残した紀行文の中には、大抵「帝国主義支配の下、落後していた朝鮮が発展している」という楽観的な展望が織り込まれていた。しかし「朝鮮人はこれ(都市の変貌)を巡ってどう思うだろうか。皇化の恩恵と歓呼するだろうか。異文化の侵入、固有文化の破壊と呪うだろうか」という、ある日本人の記述からは、やや良心の呵責(かしゃく)もうかがえる。・・・」
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/09/26/2023092680157.html
 <こういう日本の引き合いの出し方はOK。↓>
 「昨年海外からUターンした企業、韓国26・日本612・米国1844社・・・」
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/09/26/2023092680159.html
 <こういう見出しは下品だよー。↓>
 「日本の半導体を沈没させた李健熙会長の決断・・・」
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/09/26/2023092680162.html
 <北朝鮮は韓国のセピア色の自画像だって認識を滲みださにゃ。↓>
 「<杭州アジア競技大会>準々決勝で日本に敗れた北朝鮮男子サッカー…審判押して激しく抗議・威嚇・・・」
https://japanese.joins.com/JArticle/309660

 仏教の話をしたばかりなので、皆さんの参考になるかも。
 但し、意識的にアイデアを浮かばせる方法、と、人間(じんかん)的存在であるとの自覚を得る方法、は、異なり、前者は起きている時に(、従って、当然、レム睡眠以外の時に、)浮かばせたいアイデアに関連した意識以外の意識・・雑念・・を遮断する方法であり、後者は(例えば呼吸だけに意識を集中させることで)意識の大部分を消す(サマタ瞑想等の)方法だ、というのが私の見解。
 むろん、後者の方法は、日本人には不必要。↓

 「・・・私達の脳は、睡眠中もボーッとしている時も、デフォルトモードネットワーク(DMN/ワシントン大学医学部のマーカス・レイクル教授の研究により判明した脳の状態)が活発に活動しています。
 DMNは外界ではなく自己の内部を対象として活動しています。自分の過去、性格、能力、感情や他人の考え、感情、そして将来への期待と不安等が対象です。例えば、私達が後ろ向きの気持ちでボーッとしていると、たくさんのマイナスの考えや負の感情が頭を巡り続ける時があります。
 また、ボーッとシャワーを浴びている時に突然良いアイデアが浮かんだりします。
 アイデアが浮かぶ場所として1000年前の中国の政治家・学者欧陽修(おうようしゅう)は馬上・枕上(ちんじょう)・廁上(しじょう)(便所)の三上が良いとしました。馬上というのは、馬に乗って移りゆく景色を眺めている時。枕上は、布団に横になっている時。廁上は、トイレでリラックスしている時です。いずれも、何も考えていないようで、DMNが活動している時です。
 このような良い面がある一方で、DMNが過剰に活発化すると、様々な雑念や思考がとりとめもなく出てきて止まらない、という状態になります。・・・不眠症等もこれに含まれます。心の不安状態が長く続くと、神経伝達物質であるコルチゾールが出続け、脳に影響を与え、引きこもりやうつの症状を引き起こすことにもつながります。
 瞑想(めいそう)を続けると、このDMNの活動を抑制しエネルギー消費を抑えながら集中できるという、瞑想とDMNの関係を分析した論文もあります。
 とはいえ、日常生活のなかに瞑想を取り入れるのが難しいという人もいるかもしれませんので、同様の効果が得られるかもしれない方法を、ここで1つ紹介しましょう。
 それは、「無心になって家事をする」ということです。
 あまり知られていませんが、禅寺では清掃を始めとするあらゆる労務は「作務」と呼ばれ、坐禅と同じく重要な修行と位置づけられています。ブッダがどうしても経文を覚えることができない弟子に、経文の代わりに「塵を取る、垢を取る」と唱えながらの庭掃除を命じたところ、優秀な弟子よりも先に悟りを得たという逸話もあります。
 作務を修行とする考え方には、禅修行を観念的な世界に終わらせず現実世界の身体性と一体化させる目的があると言われています。私は、作務には瞑想と同じく千々に乱れるDMN(デフォルトモードネットワーク)を抑制し、意識を集中させる修行効果があるためだと考えています。
 例えば、世界富豪ランキングの1位、2位を争う、マイクロソフト創業者ビル・ゲイツとアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスには、毎晩、夕食後に皿洗いをするという共通点があります。しかも2人共、皿洗いをすることが好きで、他の人にはやらせないとも断言しています。私の友人の中にも家事の分担という理由を超えて、皿洗いや掃除は自分がやるという人が多くいます。
 これは、無心で家事や雑事に専念することが、瞑想した時と同じように(DMNを沈静化させ)、時にアイデアがひらめく効果をもたらすということに気づいているからかもしれません。瞑想の時間が取れない場合は、皿洗いや掃除等の家事を率先して行うようにすれば、家庭円満以外にブレインワークアウト効果が得られるかもしれません。
 心が落ち着き、集中力が増し、アイデアがひらめく――瞑想には、こうした実利的なメリットも十分にありますが、その最も大きな効用は、自分の存在を世界の一部と見なす意識が芽生え、自己と世界が一体化した感覚が得られることです。
 親ガチャ、会社ガチャ、上司ガチャ、等という言葉があります。スマホゲームの「ガチャ」のように自分では選べない環境のせいで、今の自分の状況が生まれていることを表す言葉です。過剰な自我(エゴ)に意識が向かい過ぎて、結果として、自分の不満な状況の原因を、自分の周囲の人々や置かれた環境の責任、つまり他責のみに帰してしまう思考です。
 あるいは、自己中心化が進み巨大なエゴを抱えながらも、世界における自分を肯定することができない、自分が自分でないと感じる、自分自身を見失っている状態です。たとえ周囲が羨むような社会的な成功を収めていたとしても、それは当人としては地獄のような状況です。
 これらは、環境における相対的な自我(エゴ)が強くなりすぎたり、逆に小さくなりすぎたりして、バランスを崩している状況と言うこともできます。
 自己(セルフ)も世界も万物は刻々と永遠に変化し続けるというのが仏教の教えですが、単なる自我(エゴ)からくる幻想の自分のイメージと、それに達していない現実とのギャップに苦しんでいるのではないでしょうか?・・・」
https://www.msn.com/ja-jp/money/career/%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF%E6%9C%AC%E7%A4%BE%E3%81%AB%E3%81%AF%E5%92%8C%E5%AE%A4%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B-%E5%AD%AB%E6%AD%A3%E7%BE%A9%E7%A4%BE%E9%95%B7%E3%81%8C%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E3%81%A8%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E3%81%AE%E9%96%93%E3%81%AB%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F-%E6%84%8F%E5%A4%96%E3%81%AA%E7%BF%92%E6%85%A3/ar-AA1hxELy?ocid=msedgntp&cvid=85860e7682bc4bb0af1c961a8859fbde&ei=59

 中共官民の日本礼賛(日本文明総体継受)記事群だ。↓

 <そりゃそうじゃ。↓>
 「人手不足は日本にとってピンチ、でも外国人にとってはチャンス・・・華字メディアの日本華僑報網・・・」

https://www.recordchina.co.jp/b921372-s25-c30-d0052.html

           –映画評論89:過去のない男–

 「『過去のない男』(・・・The Man Without a Past)は、2002年公開のフィンランド映画。
 第55回カンヌ国際映画祭グランプリ及び女優賞受賞、サン・セバスティアン国際映画祭国際批評家連盟賞、ハンブルク映画祭ダグラス・サーク賞受賞。
 サウンドトラックに、楽曲「ハワイの夜」(クレイジーケンバンド)と「Motto Wasabi」(小野瀬雅生ショウ)が採用されている。これは、カウリスマキ・ファンであるが、自分たちのCDが出るたびに、かかさずカウリスマキに送っていて、彼等のサウンドが気に入られたためである。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8E%E5%8E%BB%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%84%E7%94%B7
 とまあ、一見、そそられる映画ではあるのだが、ヒマつぶしにかろうじてなるかも、という程度のものだった。
 脚本に注文をつけたいところが各所にあるのだが、かなり大きな「問題」は、副主役と言うべき役を演じている女優が、なかなかの人物らしい
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%82%A6%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8D%E3%83%B3
ものの、美人でも魅力的でもないところにある。
 映画の小説と違っての最大の醍醐味は映像美にあり、男優や女優の美形度、魅力度がモノを言うだけに、残念だった。
 (ちなみに、主役の男優は、この映画の公開後5年しか経っていない時に比較的若くして逝去している。
https://en.wikipedia.org/wiki/Markku_Peltola )
 なお、主役に列車の中で、わざわざ鮨を食わせて小野瀬雅生をバックグラウンドで流したのは、監督のアキ・カウリスマキ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AD%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%AD
のファンらしい小野への謝意の表明ではなく、フィンランド人の日本好きを踏まえたところの、日本へのオマージュだろう。
 かねがね、日本と同じく、モンゴルの軛症候群患者の国、ロシアに悩まされ続けたので、日本の日露戦争での勝利に快哉を叫び・・、ってのはどうやらトルコの話で、同じ日本好きと言っても、フィンランドの場合は、「国際連盟の事務次長だった新渡戸稲造<が>、フィンランドとスウェーデンのあいだで起こっていたオーランド諸島の領有権争いを画期的な方法で解決したのです。住民は「この島に平和をもたらしてくれた」と彼を尊敬している」
https://tabizine.jp/2016/09/08/94025/2/
ためらしいが・・。

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太田述正コラム#13764(2023.10.2)
<2023.9.30東京オフ会次第(続々)>

→非公開