太田述正コラム#0257(2004.2.12)
<南京事件と米国の原罪(その4)>

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5 米国の原罪

 (1)始めに
 20世紀は戦争と狂気の世紀でした。
 狂気の最たるものは共産主義であり、次いでファシズムです。
 数千万人の命が、共産主義やファシズムに由来する政治的迫害によって失われました。
 しかしこのうち、誰もが最も身の毛のよだつ思いをするのは、特定の民族の絶滅を期して行われた、ナチスによるユダヤ人数百万人の虐殺です。
 これについては、欧州やロシアでのユダヤ人迫害の歴史の論理的帰結である、という見方が有力でした。
 むろんそのような側面があることは否定できません。
 しかし最近、米国の優生学(eugenics)の影響こそ決定的に大きかった、ということが判明しました。米国の気鋭のジャーナリスト、エドウィン・ブラック(Edwin Black)の画期的な業績です。

 (2)米国の二つの原罪
 私は、以前(コラム#225)、米国がアングロサクソン至上主義の人種差別の国であるとした上で、ジョージ・ワシントン等の米国建国の父と言われる人々が奴隷所有者であった話をし、米国は原罪を負っていると指摘したところです。また、「戦前」における東アジアへの米国の恣意的な介入は米国の第二の原罪である、とも指摘した(コラム#221、234、249、250、254)ところです。
この二つの原罪をつなぐもの(missinng link)こそ、20世紀初頭に登場した米国の優生学だったのです。

(3)優生学
ブラックの指摘を要約すると以下の通りです。
20世紀に入って間もなく米国に優生学が生まれ、優生学者達は、社会的価値のない人間は断種、隔離、更には安楽死の対象とすべきである、と主張し始めた(A)。これは、今にして思えば、人種差別主義者がひねり出した疑似科学に他ならなかった(C)。
やがて優生学は、米国の著名な大学、研究所、財団で研究されるようになる。当時の米国の知性を象徴する大統領のウッドロー・ウイルソン、女性運動家のマーガレット・サンガーや最高裁判事のオリバー・ウェンデル・ホームズらもその熱心な賛同者だった。そして優生学は、米農務省、国務省を始めとする連邦各省や各州で実践に移されるようになり、連邦最高裁の判決にも影響を及ぼすに至った(例えば「オザワ判決」(コラム#254))。(C)
優生学者の中からは、長期にわたって米優生学会会長を勤めたレオン・ホイットニーらのように、北欧人種(Nordic race)が人類の中で優生学的に最も優れた人種であり、この北欧人種がユダヤ人、黒人、スラブ人等、青い目とブロンドの髪を持たない人種との通婚によって汚染されつつあると唱える者も出てきた。(A)
米国で優生学の考え方が登場した頃から、数多ある国々の中で、いち早くこれに注目し、最もその動向を熱心に追いかけた国がドイツだった。ミュンヘン一揆に失敗して1924年に投獄された(オーストリア出身の)ドイツ人、アドルフ・ヒットラーは、獄中で米国の優生学者の著作に読みふける。(1930年代の初めにヒットラーはホイットニーに、熱烈なファンレターを寄せている。)ヒットラーは1927年に出版した著書「我が闘争」の中で、米国の優生学とその米国での実践状況に何度も言及している。例えば、米国のNational Origins Act(「出身国別割当移民法」、或いは「排日移民法」。1924年)(コラム#254)について、米国では優生学の考え方の下で「特定の人種を帰化の対象から除外した」ことに敬意を持って言及している。(A)
優生学的安楽死の手段として考え出されたものの一つがガスによる安楽死であり、この論議の副産物が、1921年にネバダ州が初めて採用し、後に多くの州に普及したガス室による死刑執行制度だった(A)。また、米国で少なくとも6万人もの人々が各地の州法に基づき強制断種手術を施された(B)。
1933年にヒットラーが独裁権を握ると、優生学はドイツで大規模かつ徹底的に実行に移されて行く。強制断種手術は大々的に実施され、その先に待っていたのはガス室によるユダヤ人のホロコーストであり、ジプシーの抹殺であり、東欧の蹂躙だった。(B)
(以上の典拠:Edwin Black, War Against the Weak・・Eugenics and America’s Campaign to Create a Master Race, Pub Group West, 2003
A: http://www.guardian.co.uk/g2/story/0,3604,1142027,00.html(2月6日アクセス)からの孫引き、B: http://www.waragainsttheweak.com/intro.php(2月10日アクセス。同書の序文)、C: http://www.waragainsttheweak.com/(2月10日アクセス。著者による同書の紹介)

(続く)