太田述正コラム#7516(2015.3.1)
<映画評論45:ベイマックス(その4)>(2015.6.16公開)
 さて、このあたりで、2015年長編アニメ部門でオスカーを取ったところの、ディズニー制作・配給の原題’Big Hero 6’、邦題『ベイマックス』という映画そのものについて語ることにしましょう。
 この映画は、主人公こそ、ヒロ・ハマダという、「日本人と白人のハーフ<である>・・・14歳のロボット工学の天才少年」
α:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
ではあるけれど、これが、ベイマックスという、「ヒロの兄タダシが開発した、心と体を癒やすために生まれたケア・ロボット」(α)についての映画である、とディズニーが考えていることは間違いありません。
 単純な話、米国でのこの映画のポスター(Theatrical release poster)や、サウンドトラック・アルバムのジャケットに描かれているのがベイマックスだけである
β:http://en.wikipedia.org/wiki/Big_Hero_6_%28film%29
ことがその証左です。
 では、ディズニーは、一体どうして、原題も、邦題のように、『ベイマックス』にしなかったのでしょうか。
 原作のアメコミのタイトルが’Big Hero 6’だったからだ、というのは説明になりません。
 というのは、このアメコミ、「掲載時にさほど人気が出なかったため、<版権所有者でディズニーが買収した>マーベル社のスタッフからも忘れられていた作品であ<る>」(α」)ので、(その中で登場する『ベイマックス』はもとよりですが、)’Big Hero 6’というフレーズだって、ピンとくる人は殆んどいないからです。
 この疑問を解くカギは、映画の最後に、「クレジットが出終わった後のシーンで、<主人公以外の「英雄」の1人であるフレッド>が自分の家の秘密のドアをつい開けてしまい、超英雄の装身具を発見した<時に、>引退した超英雄であるところの、彼の父親が到着し、話すことが一杯ある、と述べつつ、息子と抱き合う」(β)ところにあります。
 私は、このシーンの意味がよく分からなかったのですが、原題が’Big Hero 6’であると知った瞬間に、ディズニーは、捕らぬ狸の皮算用的に、このシリーズを全部で6作制作することを想定しており、次作の主人公、というか構想はもう粗々決めていて、その予告編を今回の映画の末尾で流したのだ、と気付いた次第です。
 そうなると、むしろ、ディズニーが邦題をどうして『ベイマックス』にしたのか、が問題になってきます。
 恐らく、ですが、次作以降もロボットであるベイマックスは登場するものの、ヒロ以外の人間たる「大英雄」達のベイマックスとの関係は希薄なので、「ベイマックスの映画」にはなりにくいこと、また、ヒロ以外は、ロボット作りをやってはおらず、次作の主人公と目されるフレッドに至っては、工学系の学生ですらないのですから、ロボットの活躍が中心となる映画になるとは思えず、単なるアクション・アニメ映画になる可能性が高いのであって、そうなると、日本では流行らないだろう、と考えたのではないでしょうか。
 だとしたら、日本では、一発勝負なんだから、映画の内容に忠実な『ベイマックス』という邦題にしよう、ということだったのではないでしょうか。
 前置きはこのへんにして、この映画のロボット観です。
 「製作チームは日本のアニメ映画に非常に触発されており、ベイマックスもスタジオジブリのアニメ映画『となりのトトロ』のトトロを思わせるものを想定した。監督の<うちの1人の>ホールは「西洋の文化では、テクノロジーは敵対する悪として描かれてきた。たとえば『ターミネーター』でもロボットやコンピューターは世界を乗っ取ろうとする存在だが、日本では逆で、テクノロジーはよりよい未来のための道筋と捉えられている。この映画でもその考えを踏襲している」と語った。」(α)
(ウィキペディアのこの箇所の典拠:http://io9.com/how-disney-will-make-you-cry-again-with-big-hero-6-1630115219/all )
 とまあ、こういう次第なのですから、ベイマックスは日本型のロボットであるわけです。
 この点をぼかしているのが、英語ウィキペディア(β)の以下のくだりです。
 「ホール<は、>「私は、今まで我々が見たことがない、何か全く独創的なロボットが欲しかった。
 しかし、それを実現するのは容易なことではなかった。
 日本のロボット群は言うにおよばず、ターミネーターからWALL-E<(注5)>からC-3PO<(注6)>、といった類のもろもろのロボット群が大衆文化に存在するわけだが、そのどれかに似たものにするつもりはなく、何か独創的なものが欲しかったのだ」、と語った。
 (注5)米映画『ウォーリー』(原題: WALL-E)(2008年)に登場する「ゴミを集めて積み上げるという仕事を700年間続けている地球最後のロボット。・・・長い年月の間に、感情を持つというシステムエラーが生じ・・・仕事の傍ら、趣味でゴミの山の中から自身の感性に合った宝物を集めてい<たが、>・・・宝物の1つ、ミュージカル映画『ハロー・ドーリー!』のビデオに憧れ、いつか誰かと手をつなぐことを夢み<るようになった>。・・・<そして、>突如、地球にやって来た・・・ちょっとクールで感情豊かな性格の、白く輝く最新型ロボット・・・<である>EVE・・・に一目惚れして以来、彼女と手をつなぐことを望むようになり、EVEが宇宙船アクシオムに回収されてからは彼女を追いかける為にアクシオムに乗り込<む。>」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
 (注6)言わずと知れた、「映画『スター・ウォーズ・シリーズ』の登場人物(ロボット/ドロイド)。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/C-3PO
 まだ、制作陣が、どんな見てくれのロボットにするかを決めかねている段階で、美術担当・・・がハグできるロボットでなければならない、というアイディアを思いついた。
 制作初期の段階で、ホールとデザイン・チームは、カーネギー・メロン大学のロボット研究所(Robotics Institute)に調査旅行に赴いた。
 そこで、彼らは、最終的にベイマックスを発想(inspire)させることになったところの、真にハグ可能なデザインの、膨らませることができるビニール製の「ソフト・ロボット工学」という新分野のパイオニアであって、DARPAが資金提供をしていた研究者達と会った。・・・
 ホールは、「・・・ソフト・ロボット工学・・・は、・・・看護師や医師補助者として健康ケア産業で実践的な応用ができると目されている。・・・このテクノロジー・・・は、将来の医療産業において、極めて順応性が高くて優しく、人々を持ち上げた時に傷つけるようなことのないロボット群を作ることができることだろう」、と語った。」(β)
 でも、最後のところを読めばお分かりのように、これぞ、日本型ロボットですよね。
 しかも、そんなロボットを米国防省高等研究所(DARPA)が研究させている、というのも興味深いところです。(注7)
 (注7)「人と柔らかく接する介護ロボット、理研・・・と住友理工・・・が研究用プラットフォーム「ROBEAR」発表・・・
 立った姿勢での抱きかかえや、起立補助などの場合でも、被介護者(高齢者)に不安を感じさせないように、柔らかく接触できて力強い新しい介護ロボットを目指し<て>・・・開発した。・・・」
http://www.yomiuri.co.jp/it/news/bcn/20150226-OYT8T50171.html?from=ytop_ylist
(2月27日アクセス)というのだから、米国とは違って軍の後ろ盾がないのに、日本も、ほぼ同じ分野で、大いに頑張っていることは心強い。
(続く)