マレーシアの思い出(その2) 公開日:2004年3月21日 未分類 太田述正コラム#0295(2004.3.21)<マレーシアの思い出(その2)> 3 マレーシアについての仮説 (1)仮説とその検証 第一の仮説は、マレーシアが日本を軽視している、というものです。 ある国の政治家の平均的 […] 続きを読む
「支那」について 公開日:2004年3月20日 未分類 太田述正コラム#0294(2004.3.20)<「支那」について> 1 始めに 本コラムで私が「支那」という言葉を用いていることについて、しばしばご批判をいただいていますので、改めて私の考えを申し上げます。 そのご批 […] 続きを読む
マレーシアの思い出(その1) 公開日:2004年3月19日 未分類 太田述正コラム#0293(2004.3.19)<マレーシアの思い出(その1)> 1 マレーシア訪問 1999年3月、私は官房審議官として防衛庁を代表し、クアラルンプールで開催されたマレーシアとの初の防衛定期協議に臨みま […] 続きを読む
張学良(その3) 公開日:2004年3月18日 未分類 太田述正コラム#0292(2004.3.18)<張学良(その3)> 1934年に蒋介石の命によって欧州から帰国した張学良は、再び華北の国民党軍の司令官となり、中共軍の討伐に従事します。しかし、将兵の間では、蒋介石がろく […] 続きを読む
欧州の「挑発」(その2) 公開日:2004年3月17日 未分類 太田述正コラム#0291(2004.3.17)<欧州の「挑発」(その2)> (もっとも、サパテロ氏は、6月30日までに国連が新安保理決議でイラク復興に関する権限を与えられた場合はスペイン兵を撤兵はしないとの留保をつけてい […] 続きを読む
張学良(その2) 公開日:2004年3月16日 未分類 太田述正コラム#0290(2004.3.16)<張学良(その2)> (本編は、コラム#187(2003.11.11)の続編です。) 張学良は、父張作霖が匪賊であった時代にある富豪を襲撃略奪した時、人質として奪った娘を妻 […] 続きを読む
欧州の「挑発」(その1) 公開日:2004年3月15日 未分類 太田述正コラム#0289(2004.3.15)<欧州の「挑発」(その1)> 1 始めに 私はかねてより、アングロサクソン文明と欧州文明との抗争こそ、世界の近現代史を貫く最大のテーマだと指摘してきました。その抗争が、イラク […] 続きを読む
新悪の枢軸:インド篇(その5) 公開日:2004年3月14日 インド 太田述正コラム#0288(2004.3.14)<新悪の枢軸:インド篇(その5)> 茶飲み話2:クリケット イギリスが世界の旧植民地に残した遺産として、もっとも顕著なものの一つがクリケット競技です。このたび、殆ど15年ぶ […] 続きを読む
新悪の枢軸:インド篇(その4) 公開日:2004年3月13日 インド 太田述正コラム#0287(2004.3.13)<新悪の枢軸:インド篇(その4)> ここでちょっと休憩をしましょう。 茶飲み話1:インドの思い出 (1)暑さ 読者の中に、インドを訪れたことのある方はおられるでしょうか。 […] 続きを読む
新悪の枢軸:インド篇(その3) 公開日:2004年3月12日 インド 太田述正コラム#0286(2004.3.12)<新悪の枢軸:インド篇(その3)> そうではない、と思った方がよさそうです。 ポイントは、BJPがまだインドの中央政治で地歩を固めきっていないところにあります。 1999年 […] 続きを読む