ソーシャルメディア

防衛省OB太田述正ブログ

日本は自分からアメリカの属国をしています

月別: 2011年4月

皆さんとディスカッション(続x1188)

太田述正コラム#4716(2011.4.30) <皆さんとディスカッション(続x1188)> <太田>(ツイッターより)  <昨日日本時間の1600頃、>ウィリアム王子結婚の光景を見ようと、早くも世界中の人がアクセスして […]

日英同盟をめぐって(続)その4)

太田述正コラム#4542(2011.2.5) <日英同盟をめぐって(続)その4)>(2011.4.30公開)  「<地中海に派遣された帝国海軍の艦艇部隊についてだが、>フランス<艦艇部隊>の効率水準は間違いなく英国のそれ […]

皆さんとディスカッション(続x1186)

太田述正コラム#4712(2011.4.28) <皆さんとディスカッション(続x1186)> <太田>(ツイッターより)  連休中、一人題名のない音楽会は4回「開催」予定。ま、聴きたくない人は聴かなきゃいいだけだから許さ […]

皆さんとディスカッション(続x1185)

太田述正コラム#4710(2011.4.27) <皆さんとディスカッション(続x1185)> <太田>(ツイッターより)  (コラム#4708に関し)「ロシア<が>・・・地震国のトルコの原発受注に(日本が受注予定だったの […]

皆さんとディスカッション(続x1184)

太田述正コラム#4708(2011.4.26) <皆さんとディスカッション(続x1184)> <太田>(ツイッターより)  <コラム#4706の>訂正:英国人だったのはチャーチルの母親であり、彼の妻はスコットランド貴族の […]

日英同盟をめぐって(その4)

太田述正コラム#4534(2011.2.1) <日英同盟をめぐって(その4)>(2011.4.26公開) <補記>  私は、東郷茂徳も全く評価していません。  彼は、太平洋戦争開戦時と終戦時の外相でしたが、開戦時には、対 […]

皆さんとディスカッション(続x1183)

太田述正コラム#4706(2011.4.25) <皆さんとディスカッション(続x1183)> <太田>(ツイッターより)  (コラム#4704に関し)五百籏頭真の専攻は「戦前史」というより「戦後史」とすべきだったな。いず […]

日英同盟をめぐって(その2)

太田述正コラム#4530(2011.1.30) <日英同盟をめぐって(その2)>(2011.4.24公開)) 3 村島滋「20世紀史の開幕と日英同盟–1895~1923年の日英関係」  「<日英>同盟締結とい […]

皆さんとディスカッション(続x1181)

太田述正コラム#4702(2011.4.23) <皆さんとディスカッション(続x1181)> <太田>(ツイッターより)  TVで「サウジ、高まる日本文化への関心」ってニュース見たけど、要するに日本のソフトパワーの背後に […]

日英同盟をめぐって(その1)

太田述正コラム#4528(2011.1.29) <日英同盟をめぐって(その1)>(2011.4.23公開) 1 始めに  XXXXさん提供の細谷千博 イアン・ニッシュ監修『日英交流史1600~2000 1政治・外交I』( […]

皆さんとディスカッション(続x1180)

太田述正コラム#4700(2011.4.22) <皆さんとディスカッション(続x1180)> <太田>(ツイッターより)  たまたま最近日本の戦前史関係のコラムばかり書いてるけど、僕の取り柄は、英国人、米国人、そして日本 […]

ワシントン体制の崩壊(その13)

太田述正コラム#4526(2011.1.28) <ワシントン体制の崩壊(その13)> 7 ウィリアム・R・プレイステッド「アメリカ海軍とオレンジ作戦計画」(麻田貞雄訳)  当時テキサス大学教授で恐らくは米国人であったプレ […]

皆さんとディスカッション(続x1179)

太田述正コラム#4698(2011.4.21) <皆さんとディスカッション(続x1179)> <太田>(ツイッターより)  防衛省は、米国防省同様、日本の脆弱性がどこにあるかを、武力侵略、自然災害、サイバー攻撃、経済ボイ […]

ワシントン体制の崩壊(その12)

太田述正コラム#4524(2011.1.27) <ワシントン体制の崩壊(その12)>(2011.4.21公開)  「1920年代および1930年代初頭に日本に在勤した大部分の外交官は、日本を東アジアの第二流国に格下げした […]

皆さんとディスカッション(続x1178)

太田述正コラム#4696(2011.4.20) <皆さんとディスカッション(続x1178)> <太田>(ツイッターより)  ミスラタへのEU地上部隊投入はそのプレゼンスを通じて同地の防衛を可能ならしめ、フランス軍地上要員 […]

ワシントン体制の崩壊(その11)

太田述正コラム#4522(2011.1.26) <ワシントン体制の崩壊(その11)>(2011.4.20公開)  「中国に幻滅を感じていく反面で、アメリカの政策担当者たちは日本の変化を喜ばしい驚きをもって見ていた。・・・ […]

皆さんとディスカッション(続x1177)

太田述正コラム#4694(2011.4.19) <皆さんとディスカッション(続x1177)> <太田>(ツイッター)  天安門広場の中国国立歴史博物館を設計したゲルカンをシュピーゲル誌がインタビュー記事でつるしあげている […]

ワシントン体制の崩壊(その10)

太田述正コラム#4520(2011.1.25) <ワシントン体制の崩壊(その10)>(2011.4.19公開) 6 チャールズ E・ニュウ「東アジアにおけるアメリカ外交官」(坂野潤治訳)  これは、なかなか面白い論文です […]

皆さんとディスカッション(続x1176)

太田述正コラム#4692(2011.4.18) <皆さんとディスカッション(続x1176)> <太田>(ツイッターより)  コラム#4690の訂正:今や、日本に与える宗主国米国の影響の方が、その逆より大きくなったとさ。→ […]

ワシントン体制の崩壊(その9)

太田述正コラム#4518(2011.1.24) <ワシントン体制の崩壊(その9)>(2011.4.18公開) 5 ウォルター・ラフィーバー「米国極東外交の主題–「競争対強調」か経済進出か–」(平野 […]

皆さんとディスカッション(続x1175)

太田述正コラム#4690(2011.4.17) <皆さんとディスカッション(続x1175)> <ΜεΜε>(「たった一人の反乱」より)  斉藤由貴他声優数名の悲しみよこんにちはは別の曲なのでは? <太田>  あっちゃ、そ […]

ワシントン体制の崩壊(その8)

太田述正コラム#4512(2011.1.21) <ワシントン体制の崩壊(その8)>(2010.4.17公開)  「芳沢公使<は、>ランプソン公使<に対して、>アメリカ人は「楽しみのために」中国にいるのだから、・・・<日英 […]

皆さんとディスカッション(続x1174)

太田述正コラム#4688(2011.4.16) <皆さんとディスカッション(続x1174)> <太田>  昨日のディスカッション、「工事中」の部分が残ってるまま、また、その他にも書き損じの部分をいくつか見逃した形でアップ […]

ワシントン体制の崩壊(その7)

太田述正コラム#4510(2011.1.20) <ワシントン体制の崩壊(その7)>(2011.4.16公開) 4 ジェームズ・B・クラウリー「日英協調への模索」(河合秀和訳)  この論文についても、ロイド・ガードナー論文 […]

皆さんとディスカッション(続x1173)

太田述正コラム#4686(2011.4.15) <皆さんとディスカッション(続x1173)> <ΜΕΜΕ>(「たった一人の反乱」より)  太田さん、極楽とんぼぶりは認めるけど、平時でも有事においてでもテロや敵国から積極的 […]

ワシントン体制の崩壊(その6)

太田述正コラム#4508(2011.1.19) <ワシントン体制の崩壊(その6)>(2011.4.15公開) 3 ロイド・ガードナー「極東国際政治と英米関係」(河合秀和訳)  もともとが散漫な論文であるのに加えて、河合の […]

皆さんとディスカッション(続x1172)

太田述正コラム#4684(2011.4.14) <皆さんとディスカッション(続x1172)> <太田>(ツイッターより)  大英帝国礼賛者ファーガソンと反イスラム闘士の黒人ヒルシとの世紀の不倫愛の行方いかん?  それにし […]

ワシントン体制の崩壊(その5)

太田述正コラム#4506(2011.1.18) <ワシントン体制の崩壊(その5)>(2011.4.14公開)  「日本の山東出兵を日英提携路線にそうものとして、イギリス政府はこれを歓迎するとともに、この機会に両国間の「協 […]

皆さんとディスカッション(続x1171)

太田述正コラム#4682(2011.4.13) <皆さんとディスカッション(続x1171)> <太田>(ツイッターより)  コートジボワールのバグボ前大統領が拘束された今、力でもって権力の座にしがみついている、同じく部族 […]

ワシントン体制の崩壊(その4)

太田述正コラム#4504(2011.1.17) <ワシントン体制の崩壊(その4)>(2011.4.13公開)  「1927年1月、漢口、九江への国民革命軍<(国民党軍)>の実力行使の事態は、日本国内の対華権益への危機感を […]

ワシントン体制の崩壊(その3)

太田述正コラム#4502(2011.1.16) <ワシントン体制の崩壊(その3)>(2011.4.12公開)  「1925年末の郭松齢事件<(注9)>にさいしては、関東軍や満鉄側は、郭の掌理は「満州赤化の脅威につながる」 […]

皆さんとディスカッション(続x1169)

太田述正コラム#4678(2011.4.11) <皆さんとディスカッション(続x1169)> <太田>(ツイッターより)  (コラム#4500に関し)日本が属国(保護国)になった背景が分かるのと、日本が独立していた頃の雄 […]

ワシントン体制の崩壊(その2)

太田述正コラム#4500(2011.1.15) <ワシントン体制の崩壊(その2)>(2011.4.11公開)  「1923年・・・11月末、孫文は広東政権の財政難を打開すべく、海関の実力接収を考慮していると・・・伝えられ […]

ワシントン体制の崩壊(その1)

太田述正コラム#4498(2011.1.14) <ワシントン体制の崩壊(その1)>(2011.4.10公開) 1 始めに  引き続き、XXXXさん提供の細谷千博・斎藤真編『ワシントン体制と日米関係』(東京大学出版会 19 […]

皆さんとディスカッション(続x1167)

太田述正コラム#4674(2011.4.9) <皆さんとディスカッション(続x1167)> <太田>(ツイッターより)  人間はすべてボノボの縁戚だけど、とりわけ我々日本人は嫡流だってこと。  そんな日本人が、よりチンパ […]

日露戦争以後の日本外交(その7)

太田述正コラム#4496(2011.1.13) <日露戦争以後の日本外交(その7)>(2011.4.9公開)  「当時の筆頭元老で韓国統監から枢密院議長に転任していた伊藤博文は、・・・<1909>年5月13日にマクドナル […]

皆さんとディスカッション(続x1166)

太田述正コラム#4672(2011.4.8) <皆さんとディスカッション(続x1166)> <太田>(ツイッターより)  連日ディスカッションを賑わす話のほとんどに主役級で係わっているのが米国、要するにオバマ。  その彼 […]

日露戦争以後の日本外交(その6)

太田述正コラム#4494(2011.1.12) <日露戦争以後の日本外交(その6)>(2011.4.8公開) <行政協定の効力についての補注>  寺本は、Griswoldの本を典拠として、「高平・ルート協定・・・は桂・タ […]

皆さんとディスカッション(続x1165)

太田述正コラム#4670(2011.4.7) <皆さんとディスカッション(続x1165)> <太田>(ツイッターより)  (コラム#4668に関し)これじゃボク、典型的な振り込め詐欺にもひっかかりそうだな。  会わずに話 […]

日露戦争以後の日本外交(その5)

太田述正コラム#4492(2011.1.11) <日露戦争以後の日本外交(その5)>(2011.4.7公開)  「「日米関係」について・・・、<西園寺内閣の外相>林<董(はやしただす。1850~1913年。外相:1906 […]

皆さんとディスカッション(続x1164)

太田述正コラム#4668(2011.4.6) <皆さんとディスカッション(続x1164)> <太田>(ツイッターより)  (コラム#4490に関し)20世紀において、一つながりの大戦であった第一次、第二次世界大戦に加えて […]

日露戦争以後の日本外交(その4)

太田述正コラム#4490(2011.1.10) <日露戦争以後の日本外交(その4)>(2011.4.6公開)  「日露協商<(注1)>及び英露協商<(注2)(コラム#4303)>の先導役としての役割を担った日仏協商<(注 […]

皆さんとディスカッション(続x1163)

太田述正コラム#4666(2011.4.5) <皆さんとディスカッション(続x1163)> <太田>(ツイッターより)  ガンディーについてのシリーズを書き終えたところだが、「偉人」を生み出すような社会は基本的に非人間主 […]

日露戦争以後の日本外交(その3)

太田述正コラム#4488(2011.1.9) <日露戦争以後の日本外交(その3)>(2011.4.5公開)  「ルーズベルトは、・・・1889年2月14日、アメリカ保護関税同盟会長のチャールズ・ムーア(Charles A […]

皆さんとディスカッション(続x1162)

太田述正コラム#4664(2011.4.4) <皆さんとディスカッション(続x1162)> <太田>(ツイッターより)  日本において生を受け人となったということは、人間と世界を理解するための絶好の環境を天から与えられた […]

日露戦争以後の日本外交(その2)

太田述正コラム#4486(2011.1.8) <日露戦争以後の日本外交(その2)>(2011.4.4公開)  「ルーズベルト・・・は、・・・義和団事件後の<1900>年8月28日、・・・友人であるシュテルンブルク(当時、 […]

日露戦争以後の日本外交(その1)

太田述正コラム#4484(2011.1.7) <日露戦争以後の日本外交(その1)>(2011.4.3公開) 1 始めに  本シリーズは、XXXXサン提供の寺本康俊『日露戦争以後の日本外交–パワー・ポリティクス […]

皆さんとディスカッション(続x1160)

太田述正コラム#4660(2011.4.2) <皆さんとディスカッション(続x1160)> <太田>(ツイッターより)  インドの人口は(中共13億に対して)12億(世界人口の17%)と判明。  国勢調査は英領時代の18 […]

皆さんとディスカッション(続x1159)

太田述正コラム#4658(2011.4.1) <皆さんとディスカッション(続x1159)> <太田>(ツイッターより)  「正しい」史観なんてありえないわけだが、私の史観は、安全保障及び大組織管理に係る実務経験、小さい時 […]